オーディオドラマ「四季」#1歌词
生まれた時のことは、覚えていません。
私がそう言うと、誰もが笑った。
私は生まれた時と、それ以後の短い期間を覗いて、
ほとんどの出来ことを記憶している。
最初は誰も信じなかった。
けれど、それが事実であると分かると、
恐れとそれを隠そうとする微笑を浮かべる。
そんな時私はこう言う、
「生まれた時のことは、覚えていません」と、
すると相手は安堵して笑う、
「この子も普通な子なんだ」と。
私は、普通が分からない子供時代を送った。
それは、普通ではなくでも幸せな子供時代だった。
そう、彼がいたから。
「四季、まだ本を読んでいたのか」
「はい、お父様」
「お前にどれでも一冊やろう。どれがいい」
「机の上の、その本」
「辞書か」
「百科事典には、物体の名前しかない。
言葉の意味や広がりは説明されていません。
それを説明する機能の書物が当然存在するだろうと思って、探していました。」
「分かった。これはお前にやろう。
いや、どんなものでも、全てお前のものだ。
欲しいものがあれば、何でも言いなさい」
「ありがとう。パパ」
驚いていたね、お父さん。
「其志雄、貴方のお父さんでもあります」
そんなことを言ってくれるのは、君だけだよ。
「みんな、貴方を知らないから、私が演技をしているのだと思っている。
個人の中に、複数の人格がいるというのは、他の人には理解できない感覚なの」
難しいだろうね。
付いてに言えば、三歳で辞書を読み、
英語とドイツ語をマスターする女の子が存在するなんでことも、
理解できないだろうね。
「女の子は余計です」
ふふん。でも、事実だろう。
「すぐそうやって。ああ、眠くなってきた」
柄にもなく、パパ、なんで呼んだからでは?
「私の年齢では、そのほうが普通です」
そうだけど、君は普通じゃない。
「ええ、疲れました。もう、眠ってしまいそう」
言ってしまったんだね。
僕は、四季の中に生まれた、
恐らくは、四季が作り出したものだろう。
その必要があったのだ。
彼女がその天才性ゆえに、
世間から離れすぎている。
そのギャップを埋める為に、
僕という人格が作られたんだ。
子供の時の四季は、
体が丈夫ではなかった。
両親の海外出張も多かったので、
叔父である新藤清二の病院によく預けられていた。
平和な子供時代だった、と言って良かった。
そう、七歳のあの夜、病院で、彼と会うまでは。
四季、どこに行くの?
「黙ってて。窓から外に出るのは初めてだから、集中してるの」
「はぁ、やぁ。驚いたなぁ。君が来てくれるなんで」
「抜け出して来たのです。部屋に入れてください」
「もちろん」
「君の小さい時に一度会ったことがあるね。覚えてる?」
「覚えています。三歳の時に、この病院のお庭でお会いしました」
「驚いたなぁ。覚えてるなんで」
「貴方のお名前も覚えています」
「じゃあ、呼んで見て?」
「いいえ、自分でおっしゃって」
「知ってるのに、名乗る必要がある?」
「ええ、必要のないことは言いません。」
「どうして?」
「おっしゃって」
「真賀田 其志雄」
「貴方は、私の実のお兄様です」
「ふん…」
「戸籍にはありません。死亡したことになっている。おいくつになられましたか」
「19だよ」
「お兄様は、ずっとここにいらっしゃる。
恐らく何かトラブルがあって隔離されているのでしょう。
例えば、人を殺したとか」
「あぁ、そうだ。知らない人間だったけど。
ホームレスかなぁ。
君には理解できないかもしれない。
どうやらこれは僕の肉体的な衝動のようだ」
「衝動、というのは?」
「そこにいる人間が、僕が想像したものなのか、それとも実体なのか。
壊してみないと、殺してみないと、区別がつかないんだ。
大抵は、壊して、殺して、消えてしまって、それでお終いなんだ。」
「誰にも、見つからなくて幸いでした。
内密に処理できる範囲内だった、という意味ですけれど」
「君のように優秀ではないのでね。
いくつか仕事もしているけれど、もう随分ガタが来ている」
「貴方がコンサルタントを務めている企業が少なくとも三つあります。
ご自分を過小評価されているのでは」
「でももう限界に来ているのよ。
周りもみんな、君に乗り換えようとしている」
「弱音、ですね」
「ふん…引かされているだけなんだ」
「お兄様のそんな言葉は、聞きたくありません」
「それでも、伝えておきたいと思う程度に、弱っているということだよ」
「貴方ほどの頭脳で、そんなこと信じません。
もう失礼します。ドアを開けて」
「どうぞ」
さよなら。僕の可愛い妹、四季。
まだいつか、会えるといいね。
あれは、あれが四季の実の兄なら、僕は、僕と彼は同じなのだろうか。
僕が殺人者と同じ人間だとしたら、僕は、ここにいても、いいのだろうか。
「各務です」
「どうぞ」
「失礼します」
「四季様、其志雄様の行方が分からなくなりました」
「検討は、付いているのですね」
「はい。はぁ…申し訳ありません。
私が、其志雄様に極秘で調査を依頼されたのです。
結果を想定すべきでした」
「まさか…」
あの方の居場所が分かったの?
「連れていってください。其志雄のお母様の所へ」
「ホント、見つけました」
「待っていたわ、其志雄」
「待っていた?」
「ええ。よかった。貴方が立派になって」
「僕と、一緒に暮らしませんか」
「そうできたら、幸せでしょうね。
でも、私はもう、表に出で行くことはできない」
「こんな田舎で、ずっと、暮らすつもりですか」
「そうね。もうあまり、生きていたくないのです。
充分に行きましたから」
「僕も…僕もそうです」
「綺麗な髪。私の若い頃とそっくりねぇ…其志雄」
「母さん」
「いいのよ。私を、殺しにきたのでしょう」
「母さん…」
「私は、貴方に殺されるために、今まで生きてきたのです」
「乱暴な運転で申し訳ありません」
「死にたくないね」
「え?」
「いいえ。今のは私ではありません」
「其志雄さん!開けてください!」
「四季様、こちらです」
「残念ですが、もう手遅れです」
この方が、其志雄の…お母様を殺して、自殺されたのね。
「お母様、綺麗な方…」
「自分の母親を殺すというのは、どんな感じかしら…」
「自殺よりも、純粋なものかしら…」
「どうして何も答えてくれないの、其志雄」
「四季さま、其志雄様はもう息を…」
「違う。そちらの其志雄ではないのです。其志雄、返事をして!」
四季、さよなら。
僕はもう行くよ。
「待って!行かないで!」
君と二人だけで、楽しかった。
「私を置いていかないで!」
本当に、楽しかったよ。
「其志雄!」
さよなら、四季。僕の可愛い妹。
いつか、まだ会えるといいね…
(終わり)
制作/校对:Igu