第1話勇気を出して -古河 渚-歌词
勇気を出して
三年生に進級した、その日の朝
職員室の前に張り出された
クラスの割り当て表を見上げる
新しいクラスに話ができる人は一人もいなかった
その日の
下校生徒でにぎわう廊下
「こちら木村さん
新しいクラスで前席になった子」
友達の子に、一人の女の子を紹介される
「はじめまして古河渚です…えへへ」
精一杯の笑顔で挨拶する
「木村さんと私このまま服みにいくけど
渚ちゃん、どうする?」
「ええと…」
考える。迷う
「道草いけないので、帰ります」
結局そう答えた
「そんなの気にしてる子今どこもいないで
ほら、行こうよ」
「えん…」
迷う,考える
「大丈夫だって」
「その言葉が、私の背は後押しする」
「それでは今日だけ付き合わせて頂きます」
目を瞑って、そう答えた
「そんな力入れて
古河さんっておおげさだね」
木村さんという子が、私を見て笑う
「面白い子なんだよ、渚ちゃん」
私のことを話題に歩き出す
すごく照れくさかった
デパートの中を三人で見て回る
「もうドキドキします “
先生に見つかったら
絶対に怒られてしまいます」
「他にもウチの制服の子いっぱいいるじゃん
あ、ほら
このワンピース絶対渚ちゃん似合うよ
試着してみて?」
「試着までするんですか
すごくドキドキします」
「試着もせずに買えないでしょう
ほら、着てみて、着てみて」
「私は見てるだけでいいです」
「いいから」 “
胸にワンピースを押し付けられる
情けない声が上げて試着室へ
服を着換え終えて
カーテンを上げると同時
「先生来た、早く逃げるよ」
「え…はあー」
値札がついたワンピース姿のまま
デパートの中を走る
結局、それは私をだます嘘だったのだけど
だけど
楽しかった
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「で、俺たちは何をしてんだ」
俺はベニヤ板を押さえながら、訊いてみる
「入学式の準備だねぇ」
金槌で釘を打ちながら春原が答える
「何でそんなことをしてんだ」
「それは罰ですね」
「何で罰を受けてんだよ」
「それは僕が授業中
カーテンにくるまって隠れてのを
先生に見つかったからだねぇ」
「お前、アホだろ……」
「違うっ、
僕が完全に気配を消して
隠れることに成功したんだ
けどあいつが……杏の奴が
『先生、なんかカーテンの下から足が出ていますけどぉ』って
チクリやがったんだよぉっ!」
「お前まぬけすぎるからな……」
「で、どうして俺まで」
「お前も授業サボってたんだから、同罪」
こっちは中庭で日向ぼっこしてただけだってのに
カーテンに隠れていた奴と同罪
嫌すぎる
「ああー、もうやだっ “
なんで僕のようなアウトローが
新入生歓迎の手伝いなんてしてんだよっ」
春原が金槌を投げ捨てる
「でも、生活指導の大口が仕切ってるからな
逃げ出すとやっかいなことになるぞ
後、自分でアウトロー言うな」
「そうだ、岡崎
一つ罠を仕掛けておてやろうぜ」
「罠?」
「ああ、新入生をぎゃふんて言わせる罠
この学校は甘くないんだぜっ
僕たちみたいなアウトローが居ることを覚えておきなってな挨拶さ
どう?」
「いや、まーどーでもいいけど」 “
「よしじゃあ “
とっとと自分たちの仕事を済ませちまおうぜ
ほらちゃんと押さえておけよ!
気合い入れていくぜ!」
「律儀なアウトローだな……」
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日もとっぷり暮れた帰り道
木村さんも別れた後
「渚ちゃんも早くクラスで遊べる子見つかるといいね」
そう、彼女が私を振り返って言った
叱咤(しった)
うん、と小さく頷いた
彼女と木村さんはこれから仲良くなっていくんだろうな
同じクラスなんだから
そう思いながら
ひとり家路(いえぢ)についた
家の敷居(しきい)をまたぐ
家はパン屋
今は店じまいの最中だった
「おかえりなさい」 “
お母さんが手を止まってそう迎えてくれる
「ただいまです」 “
「おかえり。どうだ
親しい奴と同じクラスだったか」
くわえタバコのお父さんが足を止め
訊いてくる
「いえ “
やっぱりクラス別れちゃってました」
「じゃ、新しい友達は
席近い奴と話さなかったのか」
「全然話さなかったです」
「くわ…なんでそこでつっこんでいかないんだよっ ”
自己紹介していけよっ
オレだよ、オレオレ、そう、渚
あんたの孫(まご)の渚だよ
事故ちゃって困ってんだよ
ってつっこんでいけよ」
「それなんか違います」
「まあ、それぐらいの勢いが必要だってこったよ」
「二年の時も同じクラスの子親しくなるのに
すごく時間かかったんです
今回も時間かかりそうです」
「てめぇ奥手だからなあ…」
「話すきっかけをほしいんですよね」
お母さんが助け船を出すように言ってくれる
「はい、そういうのがないと話せないです」
「じゃ、とっておきの作戦を伝授してやるか」
「え、そんなのあるんですか」 “
「ああ、先生を間違えて、お母さんって呼んでしまって
恥かくことあるだろう
それを応用してだな
先生を間違えてウルトラの母って呼んだよ」
「もういいです」 “
「最後まで聞けよ
そうするとだな
みんなが噂し始めるんだ
古河さんってもしかしてウルトラ関係の人
変身できるの
聞いてみようか
古河さーーん」
「夕飯つくります」
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翌日は土曜
1時限目が終わった休み時間
前の席の子が隣の子と話している
何かのマスコットキャラクターの名前を忘れてしまったようで
思い出そうとしている
私知ってる
でも、結局隣の子が思い出してしまった
「はぁ……」
小さく溜息をつく
このままでいけない
きっかけ、きっかけ
必死に考える
ウルトラの母
古河さんってもしかしてウルトラ関係の人...
ぶんぶんと首を振る
え?と斜め前の子が私を振り返っていた
えへへ…と愛想笑い
不思議そんな顔とした後
また隣の席の子との会話に戻った
「はぁ…」
次の授業の準備をしよう
結局その日も誰とも話すことができず
終わってしまった
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「なんでこんなことしてんだ、俺は」
「ん?紙吹雪」
*「紙吹雪(かみふぶき)」
「んなことわかってるよ」 “
春原と俺は向かい合って
色紙を鋏で切り刻んでいた
「どうして入学式の準備が終わったのに
俺たちはまだこんなことをしてんだよって意味」
「そりゃあ罠を仕掛けるためだよ
おっと、くす玉の張りぼてが乾いた頃かなっ」
「むちゃくちゃ心優しい先輩なってる気がするんだが…」
「ばぁか、体裁を整えもせずにドッキリが面白いかよっ」
「ドッキリなのかよっ!」 “
「いや、間違えた
挨拶、挨拶
行儀いい先輩ばかりじゃねぇぜっていうさ」
「あーもうなんでもいいよ “
とっとと終わらせてくれ」
「後は中から出てくる垂れ幕だな」
「ものすごい懲りようだな」
「なんて書こうかなぁ
『春原·岡崎仲良しコンビby夜露死苦』とか
*「夜露死苦」和「よろしく(请多关照)」同音
どう?」
「ツッコミどころがいくつかあるが “
とりあえずやめてくれ」 “
「じゃ、『陽平&(アンド)朋也ふたりは最高!by夜露死苦』」
「さっきよりツッコミどころが増えた
とりあえずbyの前後、逆だからな」
「文句ばっか言うんじゃねぇよ
なら、てめぇが書けよ」
「なんで俺が...」
「じゃ、『春原·岡崎仲良しコンビ&
オメガトライブwith J-WALK
featuring サザンの原坊以外by夜露死苦』にしよう」
「むちゃくちゃ暑苦しいからやめてくれ」
「原坊は譲るよ」
「いや、それ譲られても変わらないからさ...」
「だったら、お前が書けよ」
「わかったよ」 “
俺は渋々筆をとる
なんかいいように乗せられた気もするが
「この幕が垂れ下がった後に
アレが落ちてくるんだな」
「ああ」
「じゃあ、俺が言えるのはこれだけだ」
書き上げた垂れ幕と紙吹雪をくす玉に詰め
封をする
それを春原が体育館二階席の手すりに取りつけるのを
俺は下からじっと見上げていた
「つーかさ」
「ん?なんか言った」
「これ、ひっかからないだろ…」 “
俺の目の前には紐(ひも)が垂れ下がっている
そこには「誰か引いて、お願い、おもしろいよ」と書かれたタグ
「よーしっ、準備万端
明後日の入学式が楽しみだぜぇっ!
ふふ…ははは…はーっはっはっ!」
春原の笑い声だけが館内に木霊(こだま)し続けた
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月曜
今日は入学式
朝のHR(ホームルーム)が終わると
すぐ体育館に移動
移動の時は
ひとりが目立って見えるから
なんとなく好きじゃなくて
かといって
自分から「一緒に行こう」とも言い出せず
ああ、今日の夕飯は揚げ物ならコロッケか
対するはなんだ
レンコンをすって揚げたの
どっちにしようか
うんうんと必死に考えながら
体育館へ
しめやかの入学式の空気だけど
生徒側の席はざわついた感じもする
退屈なのかときどき口を押さえながらあくびをしている一年生もいた
二年前に私が入学式に出た時は
緊張でそれどころじゃなかったんだけど
長い校長先生の話が終わって
眼鏡をかけた女生徒が一年生総代で挨拶をしていた
やがて一年生が花道を通って退場していく
父兄にまじてそっと拍手を送る
入学式が終わる
またひとりで戻る
二階ギャラリー席
そこには未だ球形を留めるくす玉
「誰も引っかからなかった」
隣の席で春原が呆然としている
「あんなもんに引っかかる奴なんているかよ
そいつアホだぞ」
「くそぅ “
あいつらは僕の頭脳を上回っていたってことかよ」
「お前はその一番底だからな」
「いや、待て、誰か立ち止まってるぞ」
春原の視線の先を追う
言葉通り
ひとりの女生徒がくす玉の真下に立っていた
「一年か」
「いや、さっき解散した三年じゃない」
女生徒が正面に向けて手を伸ばした
まさか引くのか
引いた
ばかっとくす玉は割れ
紙吹雪が舞う
俺の書いた垂れ幕と
そして
金だらい
女生徒はそれをまともに受け
その場に卒倒した
「おい、岡崎」
「ああ、アホな子がいた」
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目覚めた時
私はベットに寝ていた
そばには見覚えのあるクラスメートの顔
クラスで前の席のふたりだった
「ええと、古河さん…だっけ、大丈夫?」
「あっ、はい、ちょっと首が痛いですけど
大丈夫です」
「誰かの悪戯(いたずら)だったんって
金だらい
すぐ後ろにいたんだけど
なんかドリフみだいで笑っちゃった
*「ドリフ」:The Drifters,
ごめんね」
「ぜんぜん気にしないです」
「古河さんおもしろいよね
前もひとりで子犬みたいにぶるぶる首を振ってたりして」
顔が紅潮していくのがわかる
でも今は話さないと
難しい漢字の人がくれた
大事なきっかけなんだから
私は話し始める
くす玉から出てきた垂れ幕の言葉に背を押されて
「この先の困難に負けずがんばれby夜露死苦」
おわり