[00:02.70]それがいつの頃からか、何かが変わってきたことに気付いた。 [00:09.20]僕が小学校高学年、兄が中学生の時だったように思う。 [00:16.83]いつも兄と比較されていることに。 [00:22.11]お兄ちゃんは本当に頭がいいのに、 [00:25.28]気のつく優しい子なのに、 [00:27.70]しっかりした子なのに、家の手伝いもよくするのに。。 [00:34.24]それらの言葉はすべて僕に向けられているようで、ひどく悲しくなった。 [00:42.71]母だけでなく、近所の人全員がそう言っているように思えてしかたなかった。 [00:51.04]とくに父親の態度は厳しかった。 [00:56.99]学期末の成績表を差し出した時のことだった。 [01:02.18]クラスでも後ろから数えた方が早いほど、ひどい成績だった。 [01:09.21]父親は烈火のごとく怒った。 [01:14.34]「お前はなんてだらしないんだ、勉強もせずに何をやっていたんだ?少しは兄ちゃんを見習え!」 [01:23.05]父親の平手が飛んできて、僕はもんどり打った。 [01:29.14]床に打ちつけた頭が痛くて、思わず泣き出すと、父はますます怒った。 [01:36.64]「この泣き虫め、そんなだから学校でもいじめられたりするんだ!」 [01:43.47]確かに、この時は学校でもひどいいじめに遭っていた。 [01:51.63]元々気が弱く、大人しい性格の僕は絶好のターゲットになっていた。 [01:59.94]登校すれば上履きがない、机の上には「死ね」の落書き、教科書もゴミ箱に捨てられた。 [02:12.94]休み時間にはトイレに閉じ込められた。 [02:17.50]授業に出られなかったことを教師にひどく叱られた。 [02:23.30]それでも、僕はいじめに遭っていることを誰にも言えなかった。 [02:30.86]仕返しがこわかったからだ。 [02:34.29]いじめがもっとひどくなることが恐ろしかったからだ。 [02:40.87]兄と一緒だった低学年の頃は、誰にもいじめられなかった。 [02:47.17]いつでも兄が守ってくれたし、睨みをきかせてくれていた。 [02:53.15]しかし、兄が卒業すると同時に、いじめは始まった。 [03:02.03]家に帰っても親にいじめられている気がして、悲しくてしかたなかった。 [03:09.72]父親に怒鳴られている時も涙が止まらず、ますます父の怒りをあおった。 [03:17.70]「父さん、その辺で許してやってくれないか」兄が見かねて口を出した。 [03:27.20]すると、父は「まったく、意気地なしめ!」と捨て台詞を吐くようにして自分の書斎へと入っていた。 [03:41.81]この時はじめて、兄に対する嫉妬心が生まれた。 [03:49.82]確かに、父親の暴力からは救ってくれた。 [03:54.39]それは、あの幼い頃の野犬の時と同じだった。 [04:00.03]でもそれよりも、あの父親に対してさえ兄の意見が通ることに、 [04:07.32]僕は心から絶望に似た感情を持った。 [04:13.62]「大丈夫か」いつもの優しい兄の声だったが、それすらも辛くて、 [04:21.72]兄の差し伸べる手を振り払って叫んだ。 [04:26.49]「ほっといてよ、どうせ僕は勉強もできない駄目な子なんだ。」 [04:34.44]階段を駆け上がり、自分の部屋に入って布団を被って泣いた。 [04:41.94]この時ほど兄を憎らしく思ったことはなかった。 [04:48.66]兄はもはや僕にとって正義のヒーローではなかった。 [04:55.06]あまりに惨めな自分がかわいそうに思えて、また泣いた。 [05:03.79]この日をきっかけに、僕は部屋に閉じこもるようになり、兄ともほとんど口を聞かなくなった。 [05:15.53]部屋で一人ゲームをしている時間だけが、僕を癒してくれた。 [05:22.61]学校に行ってもいじめられる、学校に行かなければ父親に殴られる。 [05:30.70]だから僕は学校に行くふりをして、近くの公園で一人ぶらぶらすることが多くなった。 [05:40.69]しかしそれも担任からの連絡ですぐにばれ、また父親に殴られた。 [05:52.18]とうとう僕は部屋から一歩も出なくなった。 [05:57.63]腹が減ったら家の金を持ち出し、お菓子や弁当を買って部屋で食べた。 [06:06.09]母親や兄がいくらドア越しに声をかけても、返事さえしなかった。 [06:14.36]夜には父親が帰ってきて、すごい剣幕でドアを叩くが、僕はそれさえも無視した。 [06:24.54]やがて誰も僕に声すらかけなくなった。